今回は山梨県の南アルプス市で精神医療・福祉サービスを専門に提供する「峡西病院」の理事長ならびに院長の「川﨑洋介(かわさきようすけ)」先生に、医師を志したきっかけから開業の経緯・患者さんと接するうえで大切にされていることなどをインタビューしました。
病院に不安がある、診てもらおうか悩んでいる方はぜひ参考にしてください。
「精神疾患への誤解をなくしたい」という思いが精神科医を志した原点
ーーー川﨑院長が心療内科・精神科医になられたきっかけを教えてください。
川﨑院長:私が医学の道に進もうと思ったのは、身近な家族の死がきっかけでした。人はなぜ病気になるのだろうと関心を持ったことから医師を志すようになったんです。
医学部で医学を学んでいく中で、精神医学、特に脳と心の働きを見る認知神経科学に興味を持ったのは、精神疾患が「心の病」と誤解されている現状を変えたいという思いからでした。患者さんが「脳の『心の機能』の不調である病気」として正しく理解し、幸せな人生を送れるように支援したいと考えたんです。

「院長の川﨑洋介先生」
精神疾患への誤解をなくし、患者さんが幸せな人生を送る手助けがしたいという思いが、私が精神科医になった原点です。
南アルプス市における精神医療の充実に貢献すべく医業承継を決意
ーーー医師としてご勤務を始められてから、どのような経緯で開業に至ったのでしょうか?
川﨑院長:私の場合は開業ではなく、父親が理事長を務める病院への入職という形でした。
当初は研究職を志望しており、研究を通じて科学的知識を臨床現場に生かしたいと考えていました。しかし、大学院を卒業する際に、父親が理事長を務める当病院から「南アルプス地域の精神医療に貢献してほしい」という依頼を受けたんです。
南アルプス市は精神科の医療機関が少なく、地域の方々が精神的な不調を抱えても、適切な医療を受けにくい状況がありました。そうした現状を知り、この地域における自分の必要性を強く感じたことが入職の決め手となりました。

「与進館(外来棟)の外観」
現在は父親から理事長の職を引き継ぎ、地域に根ざした精神医療の提供に努めています。研究で培った科学的知識を臨床に活用しながら、南アルプス市における精神医療の充実に貢献できているのではないかと思います。
開業というよりも、地域医療への使命感から家業を継いだという表現の方が適切かもしれませんね。
「普通の生活を送りたい」切実な思いで来院される方が多いと語る川﨑院長
ーーー実際に来院される患者さんはどんな年齢層の方が多いですか?
川﨑院長:地方都市の精神科病院という特性もあり、高齢者の受診が多いのが実情です。高齢者が多い地域のため、認知症性疾患の患者さんも多く、もの忘れやうつ・不安などの症状で来院されることが多いですね。
ただ、この地域は精神科医療機関が少ないこともあり、幅広い年齢層の方にご利用いただいています。外来患者さんの約15%が不安症やパニック症などの神経症の方で、そのうち20代と30代がそれぞれ25%ずつ、合わせて半数を占めているんです。
認知症以外の精神疾患では、うつ病や双極症(そうきょくしょう)などの気分症・神経症・統合失調症の患者さんが多く来院されています。特に当病院は精神科リハビリテーションセンターを併設しており、パーソナル・リカバリーという考え方に基づいた社会参加への支援も整えているため、「仕事に行けない」という悩みで受診される働き世代の方も多いですね。

「併設されている精神科リハビリテーションセンター」
地域の精神医療の拠点として、働き世代からご高齢の方まで、幅広くサポートさせていただいています。
ーーー初診の際、患者さんはどのようなお悩みを抱えている方が多いですか?
川﨑院長:初診で来院される患者さんは、認知症性疾患の方が多いですね。もの忘れやうつ・不安などの症状に悩み、受診されます。ご家族が「最近様子がおかしい」と心配されて連れてこられるケースも多いです。
認知症以外では、うつ病や気分症の症状で来院される方が多く「気分が落ち込む」「何もやる気が起きない」「眠れない」といったお悩みを抱えています。
不安症やパニック症といった神経症の方も一定数いらっしゃいますね。「突然不安に襲われる」「人前に出るのが怖い」「電車に乗れない」といった症状でお悩みの方が多い印象です。
特に当病院の特徴として「仕事に行けない」という悩みで受診される方も多いんです。これは当病院が精神科リハビリテーションセンターを併設し、社会参加の支援に力を入れているためだと思います。うつ状態や適応反応症などで休職されている方が、復職に向けた支援を求めて来院されるケースですね。
統合失調症の患者さんも継続的に通院されており、幻聴や妄想といった症状のコントロールや、日常生活の維持について相談されることが多いです。
どの疾患の方も「少しでも楽になりたい」「普通の生活を送りたい」という切実な思いを抱えて来院されています。
適切な治療に向けた「患者さんの病気への捉え方の理解」を大切に
ーーー不安症の患者さんと接するうえで、特に意識されていることはありますか?
川﨑院長:不安症の患者さんと接する上で、私が特に意識しているのは「患者さん自身が自分の状態をどう捉えているか、どうイメージしているか」を理解することです。
患者さんはインターネット上の誤情報を参考に混乱した状態で、来院される方も多いんです。「不安症は心が弱いからなる病気だ」「薬は一度飲んだらやめられない」といった誤った情報を信じてしまい、それが治療の妨げになることがあります。
そのため、まず治療者と患者さんの間で病気に対するイメージのギャップを埋めることを重視しています。これが、その後の治療のずれを防ぐために非常に重要だと考えているんです。
不安症の方は「自分が弱いからこうなってしまった」と自分を責めていることが多いため「これはあなたのせいではなく、脳機能の不調による症状なんですよ」ということをはっきりお伝えするようにしています

当病院では、患者さんが落ち着いて過ごせる雰囲気作りも大切にしています。精神科病院は重症な患者さんも来院するため、待合室では看護師が見守り、体調が悪そうな患者さんにはすぐに声をかけて別室で話を聞いたり、ベッドで横になってもらったりするなどの対応をしています。
少しでも患者さんの不安が和らぎ、安心して治療に取り組んでいただける環境づくりを心がけています。
不安症の治療は患者さんの価値観や意向を尊重しながら進めていく
ーーー不安症の治療はどのように進めていくのでしょうか?
川﨑院長:当病院では、SDM(Shared Decision Making:共同意思決定)という考え方で治療を進めています。これは症状だけでなく、脳内で何が起こっているのかという科学的根拠を患者さんに説明し、患者さんの価値観や意向を尊重しながら、最適な治療法を共に考えていくプロセスです。
まず第一歩として、患者さんが何に対して不安を感じているのか、背景にある出来事や生活環境なども含め、丁寧にお話を伺います。
次に、具体的にどのような症状に悩まれているかを明らかにしていきます。社交不安症やパニック症、広場恐怖症など、不安症にもさまざまな種類があるため、実際にどの種類の症状に当てはまるかを丁寧に確認していきます。

症状を確認し診断を終えた後は、治療方法について説明します。不安症の主な治療方法は「薬物療法」と「精神療法」、「カウンセリング(心理療法)」があります。患者さんの意向や症状の程度を踏まえ、どの方法が適しているか一緒に検討します。
患者さんの気持ちに寄り添いながら、一緒に治療方針を決めていくことを大切にしています。
ーーー患者さんのなかには「なるべく薬は使いたくない」という方もいるかと思いますが、そのようなご相談にはどのように対応されていますか?
川﨑院長:薬の服用に抵抗がある患者さんに対しては、まず薬を使いたくない理由を聞くことを重視しています。多くの場合、インターネット上の誤情報や「心の病だから薬を使いたくない」といった価値観が背景にあるため、その誤解を解くことから始めています。
よくある誤解として「精神科の薬は一生飲み続けなければならない」「依存してしまう」といったものがあります。そうした不安に対しては「症状が安定すれば服用は途中でもやめられます」と丁寧に説明し、正しい情報をお伝えするようにしています。
患者さんの価値観を尊重し、薬を使わない選択肢も考慮に入れています。認知行動療法や漢方薬など、他の治療法を共に検討していくこともあります。

当病院では薬物療法だけでなく、カウンセリングや心理療法をおこなうことのできる公認心理師もいるので、患者さんの希望に応じて様々なアプローチを組み合わせることができます。
自宅で不安症の症状が出たら「リラックスできる方法を試す」のがおすすめ
ーーー自宅で不安症の症状が出た際、取り組みやすい対処法があれば教えてください。
川﨑院長:自宅で手軽にできる対処法として、リラックス効果のある方法を試すことを推奨しています。具体的には、腹式呼吸や音楽を聴くこと、温かい飲み物を飲むことなどがありますが、「薬を飲む」という方法もそうしたリラックスする方法の一つになると思っています。
ただし、何が自分にとって効果的かは個人差があるため、色々な方法を試して自分に合ったものを見つけることが重要だとお伝えしています。アロマを焚いてみる、軽いストレッチをする、好きな本を読むなど、その人なりのリラックス方法を見つけていただければと思います。
重要なのは、このようなリラックスする方法を症状が出てから試すのではなく、普段から習慣として取り入れておくことです。予防的な意味でも、日頃からストレス管理を心がけていただきたいですね。
もちろん、症状が重い場合や自宅での対処では改善しない場合は、遠慮なく受診していただくことが大切です。
初診の目安は1時間。事前にWeb問診しておくとスムーズ
ーーー初診ではどのような流れで診察を進めるのでしょうか?(診療時間・問診内容など)
川﨑院長:まず問診票の内容を確認しながら、現在の症状について詳しくお聞きします。その後、症状がいつ頃から始まったのか、どのような状況で症状が現れるのか、日常生活への影響はどの程度かなどを丁寧に伺っていきます。
診察時間は約1時間を目安としていますが、患者さんの状況に応じて柔軟に対応しています。初診では特に、患者さんが安心してお話しできる環境づくりを心がけており、焦らずじっくりとお話を伺うようにしています。
実のところ、以前まで初診は2時間ほどかかっていたんです。しかし、現在はWeb問診を導入しており、患者さんが事前に症状や困りごとを記載することで、診察時間を約1時間に短縮できています。
Web問診は、患者さんが緊張せずに症状を詳しく伝えられるメリットがあり、特に不安症の患者さんに有効だと感じています。事前に落ち着いた環境でご自身の状況を整理していただけるので、診察時により具体的で正確な情報をお聞きできるんです。
Web問診が難しい場合は、タブレットや対面での問診も行っています。ご高齢の方や機器の操作が苦手な方には、従来通りの紙の問診票や口頭での聞き取りで対応させていただいています。
「充実した人生を送ることを治療のゴールに」他にはない峡西病院の強みとは
ーーー病院の雰囲気やスタッフの対応で大切にしていることは何ですか?
川﨑院長:病院全体として、患者さんが落ち着いて過ごせる雰囲気作りを大切にしています。
精神科病院は入院が必要な重症の患者さんも来院するため、待合室では看護師が見守り、体調が悪そうな患者さんにはすぐに声をかけて別室で話を聞いたり、ベッドで横になってもらったりするなどの対応をしています。
特に初診の方には、来院されたこと自体を肯定するよう心がけています。「来てくださってありがとうございます」と声をかけ、「どんな小さなことでもお話しいただいて構いません」とお伝えし、患者さんが少しでも安心して話せるように配慮しています。
患者さんとの距離感も大切にしています。威圧的にならず、かといって馴れ馴れしくもならない、適切な距離を保ちながら、温かみのある対応を心がけています。
医療者側の価値観を押し付けるのではなく、患者さんの価値観や意向を尊重することも重要だと考えています。治療方針についても、一方的に決めるのではなく、患者さんと一緒に考えていく姿勢を大切にしています。
このような雰囲気づくりが、患者さんの治療に対する前向きな気持ちにもつながっていると感じています。
ーーー他の病院にはない、貴院ならではの特徴や特色があれば教えてください。
川﨑院長:当病院の最大の特色は「パーソナル・リカバリー」を目指した治療であることです。これは、症状が完全に治らなかったとしても、患者さんが新しい意味や目的を見出し、充実した人生を送ることを治療のゴールとしている考え方です。
症状の改善だけでなく、症状があっても楽しく生活できる状況を作ることが、治療の成功と捉えています。そのために、前述した精神科リハビリテーションセンターの併設や、社会参加への支援(リワーク)も充実させているんです。
具体的には、うつ病や適応反応症などで休職された方が職場復帰を目指すためのプログラムや、統合失調症の方の社会参加を支援するプログラムなどを提供しています。単に症状を治すだけでなく、患者さんがその人らしい生活を取り戻せるよう、総合的にサポートしているところが当院の強みだと思います。

「精神科リハビリテーションセンタースタッフ」
患者さんが症状に左右されることなく、希望を持って生活していけるよう支援することが、当院が目指している医療の形です。
ーーー診察の中で何か印象に残っているエピソードはありますか?
川﨑院長:パニック症の患者さんから言われた言葉が、特に印象に残っています。その方は「パニック発作で感じる恐怖は経験したことのない人にはきっと分からないと思います」とおっしゃったんです。
私は当初、パニック発作について「死ぬことはないから大丈夫ですよ」と、医学的には正しいことを安易にお伝えしていました。しかし、その患者さんの言葉を聞いて、自分が患者さんの恐怖体験への配慮が不足していたことを深く反省しました。
確かに医学的にはパニック発作で命を落とすことはありません。しかし、患者さんにとってはその瞬間、本当に死ぬのではないかと思うほどの恐怖を体験されているんです。その主観的な苦痛の大きさを、私は十分に理解できていなかったのだと気づかされました。
この経験が、現在当院で重視しているSDM(共同意思決定)の考え方につながっています。医療者側の視点だけでなく、患者さんがどのように症状を体験し、どう感じているかを深く理解することの重要性を教えられました。
患者さんの言葉から自身が成長させられたと感じており、この出来事以降、より患者さんの立場に立って考えることを心がけるようになりました。医師として技術的な知識だけでなく、患者さんの気持ちに寄り添う姿勢の大切さを改めて学んだ、非常に意義深い経験でした。
ーーー最後に、心療内科や精神科で診てもらいたい気持ちはあるものの、病院へ行くのに不安を感じている方、「こんなことで相談してもいいのかな…」と迷っている方へメッセージをお願いします。
川﨑院長:「こんなことで相談してもいいのかな」と迷われている方こそ、ぜひ一度ご相談いただきたいと思います。
よくメンタルが弱いというような表現をされることがありますが、精神疾患は心が弱いからなるものではなく、ストレスをうまくかわすことができるかどうかの問題なんです。専門家に相談することは、ストレスをうまくかわす方法を知る上でも重要であり、精神疾患は決して恥ずかしい病気ではありません。
実際、当院を受診される多くの方が「もっと早く来ればよかった」とおっしゃいます。早期に適切な対処法を知ることで、症状が軽いうちに改善できることも多いんです。
一人で抱え込まず、ためらわずに受診してください。あなたの人生がより良いものになるよう、私たちがしっかりとサポートいたします。

精神的な不調は誰にでも起こりうることです。心の機能に不調がある時は心の専門家(心療内科、精神科)にご相談ください。